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『バリの宇宙観と家の構造』
バリの家の構造を知るのには、
「タマン」の家に案内するととても分かりやすい

ちょっと、ここで
『バリの方位観と家の構造』をご紹介


デンパサールやサヌールなどでは
ちょっと近代的な家が建つようになりましたが、
ウブドではまだまだ
「タマンの家」のように
『バリの宇宙観』に則った構造の屋敷が殆どです

20070501001256.jpg
                   ↑門の奥に見えているのが『アリン・アリン』


小さな門の回りはぐるりと塀に囲まれています
門をくぐったら、すぐ目の前に
『アリン・アリン』という
レンガや土塀などで壁のような「つい立」が作られています
それは「悪霊」が直接侵入してくるのを防ぐためです
…「悪霊」は直進しかできないと、考えられているから…

「ネサ・ペニダ」のところでも書きましたが
聖なる領域は、山の方角で「カジャ」と呼び
不浄な領域は、海の方向を意味する「クロッド」
となっています。

もうひとつが東と西
太陽が昇る東の方向を「カンギン」と呼び…神聖な山側
太陽が沈む西の方向を「カウ」と呼ばれ…不浄な海側


そして人間はその中間に暮らしているというのが
『バリ人の伝統的な宇宙観』なのです

だから一番神聖な方角は
山側で太陽が昇る東の方向になります


一番不浄な方角は
海側で太陽が沈む西側です


20070430225939.jpg
↑家の敷地内にはこういった「離れ」風の建物が幾つも建っています

家の構造もそのように造られています

年寄り夫婦の部屋は「山側」
台所やトイレ、豚小屋などは海側

…台所は食べ物を料理する所なのに、
何故不浄なのかよく分かりませんが(生き物を裁いたりするからかしら…)
どこの家も台所は暗くて、油煙で真っ黒にすすけています…


寝る時にも頭は山の方向にむけて寝ます

そして敷地内には必ず先祖を祀る社があって
…屋根のついた神棚がいくつも建っています…
それは家の中で一番聖なる場所、
東側で山を背にして建てらているのが理想的なのです


東側には結婚式や儀式に使われる舞台のような建物があって、
『タマンの家』ではここにテレビを置いて
ちょっとしたリビングになっています

そして奥には簡素な寝台が置かれていて
「ババッさん」はいつもここでグゥーグゥー寝はります。
20070430230049.jpg
↑結婚式や儀式に使われる建物


米蔵も井戸もあって
奥の竹やぶの入り口には、ゴミを溜める穴があいています

…そうそう、バリの家の門には「表札」が掲げてあって、
それには「世帯主の名前」「職業」「年齢」「家族構成」まで書かれてあるのですよ

その下には「シハット…Aとか、B、またはC」という記号が記された家があります

年に1回行政区の人が抜き打ちでやってきて、
その家が、”どんなものを食べているか””衛生観念はどうか”
”家族計画もちゃんとやっているか””ゴミの処理はどんな方法でやっているのか”などなど
色んな項目をチェックされて、
AとかBとか、Cとか評価されて
家の前にそのランクが貼られるのです

「シハット」は”良い”という意味ですから
「この家は、良い」とか「…悪い」とか家の前に書かれるのですね
…かなわんです~~…


だいたいバリの家は「母屋」にあたる建物はなく、
どれもが「離れ」のような簡単な造りの建物が
敷地内に、いくつも
それぞれが距離を置いて建っています

実に開放的なのです

そしてどの部屋の前にもテラスがあって、
殆どの人は部屋にこもらず
テラスで過していますね

20070430225958.jpg
↑ ”ホームスティ”できる部屋から眺める風景


『バリの家』の造りは心地よい
庭には色とりどりの花が咲いていて、
ジャスミンのような甘~いいい香があたりを包みます

白や黄色の蝶々が温かい陽の光を浴びながら
ヒラヒラ舞っています


20070430230031.jpg

庭には鶏が走り回っています

開放的な部屋の前のテラスに腰掛けて
甘いバリコピとバリのお餅風のお菓子をよばれながら
20070430225921.jpg



そよそよ通り抜ける心地よい風のようなリズムで
ニョマンさんが話してくれる
「バリの哲学」「バリの宇宙」そして「瞑想」
話に耳を傾けていると
いつの間にか陽が西に傾き
地面に私達の影が伸びているのが見えました


時間はゆっくりゆっくり流れます




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【2007/04/30 23:17】 | 未分類 | トラックバック(1) | コメント(2)
『タマンの家』の人々
私がバリと関わった頃からの
ふる~い付き合いのある
『タマンの家族』があります


「タマン」は…村の名前です…意味は庭…
ここの家族の話をする時
私達は「タマンの…さん、はね…」と話します

この『タマンの家族』には
鶴瓶とよく似た「ババッ…お父さん(家長)」…声まで似ているんですよ…



この「ババッ」の特技は寝ながらの強烈なオナラといびき

”ガガァ~~ウ、フゥググ~~ン”のいびきが
横にならはったかと思うと即聞こえてきます
それから続くのが
”ブォ~~~ン!”と壁を揺るがすがごとくの最大級のオナラ

いつもニコニコと温かく迎えてくれる「イブ…お母さん」
「イブさん」の特技は
立ったままオシッコしはります

数年前、『タマンの家族』も一緒に
ジャワ島で行われたヒンズーのお祭りに行くため
車とフェリー使って約15時間の長旅をしました
途中トイレもないので私達は草むらに入って
モゾモゾ用をたしているのに
「イブさん」は道の端っこで立ったまま
腰巻をサッとたくし上げて
”ジャ~~~!!”…おそれいりました!

20070426172635.jpg
↑その時の写真です”ああ~すっきりしたわい”

このご夫婦の間には女性ばかり4人の娘さんがおられ、
今はもう4人とも嫁がれています

この「ババッさん」「イブさん」に25年間…イブさんが亡くなるまで…
口を利いていませんでした

その理由は…聞いて驚くなかれ…

「ババッさん」はどうしても男の子が欲しかった
でも産まれてくる子供は女の子ばかり、
「ババッさん」は、
”男の子!どうぞ男の子を!男、男、男~~~!!!!”
と強く念じて子作りに励んだそうです

期待はことごとく打ち砕かれ、
最後の4人目に”え~~~い!!”
と全身全霊を注いで植えつけたそうですが

それでも…気の毒に…女の子~~~

それから「イブさん」に口を利かなくなったそうです
…そりゃ、ないぜ!イブさんのせいじゃないよ!
でもいるんですよね、こういう時代遅れの男…

しかし「ババッさん」自分がコーヒー飲みたい時や
何か要るものがある時は
”あー”とか”うー”とか顎で要求するんです 
「イブさん」も別にそれが悩みの種でもなさそうに、
ニコニコしてはります

私達客人にはいつも優しい笑顔で接してくれますが

娘のところに男性が訪れてくると、
それがボーイフレンドでなくても、
娘の部屋の前に背中を向け
腕を組んで仁王立ちに立って
男性が帰るまで動かないのです
まあ、セキュリティですね


…でもこの「イブさん」2年前亡くなられました…とても寂しい~


その長女の
婿養子の「ニョマン」さんは
クールな”絵描きさん”

いつも上半身裸で、下はサルン(腰巻)だけ
背筋をシャンとを伸ばし、なかなか”サマ”になっています

…えらい”なで肩”が、ちょい愛嬌ですが…

目の奥から鋭い光を放ち、
射るようにものを見据えます
寡黙な人なので、殆ど目が深い表情をあらわしています。


遠くを眺めながら
何も言わずタバコをふかしている姿は
まるで彫像のような存在感があります

20070426172736.jpg
↑「ニョマン」さんと「ババッ」さん


…しかし最近何を思ったか、
日本語を勉強しだして、日本語でペラペラ
お喋りになってきはりました…
…寡黙な時の方がカッコよかったのに~~

家の掃除は全て彼がします
バリの家庭料理もとても上手です

ラグラグでは「民家(タマンの家)でディナー」なんて
オリジナルなツアーを設けていました

いつ訪問してもテラスに腰掛けて
コピ飲みながら、タバコを吸って
ボーっとしている「ニョマン」さんですが
彼の描く絵はなかなかのものです
ヒンドウの神話や神様の絵
また遠近感を強調した緑深いバリ島風景画が得意のようです
20070426172759.jpg
↑ ”サラスワティ”教育の神様… 「ニョマン」さんの絵



私の息子は高校卒業してすぐに
「ニョマンさん」に絵を教わりながら
この家で2ケ月間ホームスティをしました
言葉は全然通じなかったですが
バリの人達と生の生活を共有しました
20070426172816.jpg
↑朝起きると、部屋の前に”このような絵”が描いておいてあります
それが今日の課題なのです
こうして毎朝「ニョマン」先生は息子のために
学ぶ絵を描いて置いてくれているのです


彼にとっても「タマンの家」での滞在は
とっても貴重な体験だったようです
20070426172840.jpg
↑私の大好きな「イサ村」の絵…ニョマンさん作

★「ニョマン」さんいわく、
”アグン山”のふもとにある「イサ村」
たくさんの精霊の集まった場所
”メディテーション”に最適のところだそうです


以前と違って、
今では一般のお客さんでもホームスティができるように
きれいな部屋が作ってあります。
部屋には小さな”カマル・マンディ”…トイレとマンディの部屋
も備えてあって、
20070426172708.jpg
↑ホームスティ用の部屋の前で「ニョマン」さん

『バリの料理が習えます
バリ絵画が習えます
バリダンスが習えます!』


なんてキャッチフレーズで
日本のガイドブックにも特集組んでもらって
載った事があるのですよ

「タマンの家族」もなかなか、
ちゃっかり商売上手になっちゃって…


「タマン」の家は典型的なバリの家です


次回は「バリの方位観と家の構造」をご紹介したいと思います


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【2007/04/26 17:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
少年『ニョマン』の未来への脱出
『ヌサ・ペニダ』の話が長く続きましたが

それは先日
ラグラグで以前働いていた
『ヌサ・ペニダ』出身の「ニョマン」
オフィスにやって来て
「すごくきれいな所を、見せてあげたいんだけど、
”ヌサ・ペニダ”へ今度一緒に行かない?」


と誘ってくれた事から
20070422220023.jpg
↑ニョマン&デワ


初めて『ヌサ・ペニダ』に行った時のことを
思い起こしながら書きました

書いている間
以前『ニョマン』が話してくれた
彼の生い立ちが島の情景と重なるように蘇り
今日はそのお話を紹介したいと思います

「ニョマン」は7人兄弟の末っ子です

前回にも書きましたが
 『ヌサ・ペニダ』
その昔「流刑地」とされていた歴史を持っているのに伴い、
最高神が棲む「アグン山」のちょうど対峙する位置にあるので、
恐ろしい悪霊の棲み家という悲しい「烙印」も手伝って
人々はきびしい生活を強いられてきました


20070422220917.jpg


私もこの島で「人々は貧しい」という印象はぬぐえませんでした

「ニョマン」の家庭も相当貧しかったと彼は言います
そういう環境の中で、あらゆる面で
7人目の「ニョマン」にまで
気持ちも経済的にも行き届かなかったようです


それより「ニョマン」の言葉から感じ取れたのは
両親も兄弟も、皆それぞれが生きるのに必死だった
”自分の食いぶちは自分で”が幼い頃より、
痛いほど身に沁みこんだ、生きる術のようです

食べるだけで精一杯なもんですから、
お兄さんやお姉さんの何人かは中学へ行った人もいるようですが
末端の「ニョマン」には小学校は行かせても、
中学校へ行かせてあげるなんて事は
まったく親も兄弟も意識すらなかったそうです


どこの世界でも貧しい環境の中では、
そもそも「子ども」でいてもいいという
社会的な「子どもの期間」は短いものです
早く「大人」にならなければなりません


20070422220049.jpg

勿論、小さい頃より魚や海草を獲ったりの
仕事をするのは当たり前でした

ニョマンは小学校を終えた後、
夢も未来もない今の環境から脱出するため
ひとり黙って「家出」をします


なんとか船にもぐりこみ
たったひとり、無一文でバリ島へたどり着きます

初めて降り立った、見知らぬ土地
ビーチで寝たり、田んぼや山の中で寝たりしながら
ウブドまで流れてきました

その間石を運んだり、木を運ぶ手伝いをしたり、
家畜の世話や、畑仕事の手伝いなどをしながら
食べ物を貰って食いつないでいたと言います

12歳の少年の目に何がどんな風に映っていたのか

私には想像もできません

ただ私が
「ヌサ・ペニダ」で出会った子供達の姿から
少年だったニョマンの姿を
ほんの少し想像できる気がしました

真っ黒に日焼けした顔、
おびえながらも逞しい強い光を放った目
ぼろぎれのようなシャツをまとい
裸足で必死で生きる場所を求めて渡り歩いた
彼の姿を…


彼は今29歳ですので、
もう17年も前の時代の「ヌサ・ペニダ」の子供ですから
もっと野性に近かったかもしれません


それでもバリの人々はおおらかなのですね。
全然知らない子供に、
漁獲や畑仕事を手伝わせて
食事を与えたり、寝床を与えたり


その後ウブドの養鶏場で、
鶏の世話をする仕事を貰って、
なんと!…そこから中学校へ自力で通ったのでした

すごいですね!自分の力で中学校へ行った!!!
…話を聞いたとき、胸が押しつぶされそうになりました…

3年間少年は無我夢中で生きたようです

「その間一度も「ヌサ・ペニダ」には帰らなかったし、
連絡もしなかったんだよ」

とニョマンは言います

「へぇ~~!家の人達はニョマンがいなくなって
すごく心配したんじゃないの?
捜したやろうね~」
と言う私に

「う~~ん、そうでもないよ…
どこかで、なんとか生きてるんじゃないかって
思っていたんじゃないのかな~~」

とすごくあっさりと語るニョマンの言い方から

ご両親や兄弟が
突然いなくなった息子や弟に対して、
大騒動になったり、悲しみに打ちひしがれた
という感触は感じませんでした

またそれはニョマン自身の中にも
”家族に逢いたい、故郷に帰りたい”
といった感情はまるでなかった
と言います

…ちらっと彼の中にその環境への
”怒り”のようなものを見た気がしましたが…

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多分、家族にとってもニョマンは立派な働き手ですから、
今帰れば、家のために自分を差し出さねばないだろうと
分かっていたからなのでは…

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3年後に始めて帰郷したニョマンが
家族と涙の再会をしたという風でもありませんでした

なんか、淡々とした彼の話の流れに

 「親と子の絆」「家族の情」という
私の持っている
『ものさし』
この人達の本当の心の奥にあったものは何だったのだろうか?
を探ろうとすると、
なんだか、その「ものさし」に何の意味も持たない
ただの棒のような無力さを感じたものです


『ヌサ・ペニダ』へ始めて訪れてから
もう4,5年になります
島を離れるとき
「また絶対来よう!」と思った気持ちが
いま鮮やかに蘇ってきました


”「ニョマン」と一緒にもう一度行ってみたい!”
20070422220218.jpg




★現在『ニョマン』はハヌマン通りに
おしゃれなインテリア雑貨のお店を持っています。
それでもそのお店へ行っても
彼は滅多にいません
…彼のスタッフが
”ちょっと待ってください”と言って
携帯で探してくれますが…
どうも彼の”放浪癖”はいつまでも抜けないようです


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【2007/04/22 22:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
その④素朴で優しい『ヌサ・ペニダ』
↑前回の「その③…」から続いています

滅多に来ない客が来たので、
かなりハイテンションでご機嫌のワヤンさんが
私達の『ヌサ・ペニダ』を盛り上げてくれています


ベモをチャーターして、ワヤンさんのガイド付きで
『ヌサ・ペニダ、ベモで行くオプショナルツアー』
に出かける事にしました


コースはまず、
①この島一番きれいなビーチを見て、
②山の上からこの島を一望できるというサンセットの名所をまわって、
(ワヤンさんの太鼓判お勧めスポットということで)

③その後一番おいしいレストランでディナー


全員「えっ!ほんとう!美味しいレストランでディナーだって!」
「レストラン、あったんだぁ~!」
(その言葉だけでどんなに生き返ったことか…)

だって、ここへ来てから
ろくな物食べていないのです。

宿の朝ごはん、
トーストとコーヒーとフルーツ位はと、
期待していましたが、
出てきたのは、
その辺で買ってきたセロファンの袋に入った、
全然弾力のない質素なパンひとつと
バナナ1本、プラスティックにはいった水だけ!


熱いコーヒー位、飲ませて~~~お願い!~~~!!!

台所へ行って
「コーヒー~~~~と唸りました。

どうも全然火を使いたくないようです。

やっとどこかのワルンで買ってきたみたい
汚いガラスのコップに入った、
バリコピーの粉がグラスにくっ付きたおした、
温かいコーヒーにありつけました
でも、ありがたい!
「ありがとう!ありがとう!」
と何度もお礼をつい言ってしまうくらい
嬉しいでした

『ヌサ・ペニダ』の人々は基本的に親切です
物欲しげでもなく、売りつけようとか、騙してやろうとか、
怪しげに寄ってくる者はいなかったです。


20070418192714.jpg


尋ねれば丁寧に接してくれます
観光客にも慣れていないので、
ベモで通りすぎる私達を物珍しげに眺めながらも
大人も子供も嬉しそうに手を振ってくれます


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↑ウブドでは近年”このような子供たち”は見かけません

子供達は
「ハロー、ハロー!」と道路に飛び出してきては
いつまでも手を振ってくれるのです

貧しいけれど、素朴で優しい人々のぬくもりが
行く先々で伝わってきます


ワヤンさんが言っていた
この島一番のきれいなビーチは、
デカプリオの映画…ちょっと古いですが…
「The Beach」に似たようで…似てないくらいの
20070418194550.jpg


おっ、おお~~~おお~~!!
すばらし~~~い~~!ビーチ!!!


エメラルド・グリーンの透き通った水
海の上にタナ・ロット縮小版の小さな森が浮かんでいます
20070418192846.jpg


しかも誰もいない、プライベート・ビーチ!!

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↑コマン


「よっしゃ!明日の朝もう一度ここへ来て泳ごう!」と、
運ちゃんに明日の朝の予約まで入れたほど気に入っちゃいました。

ワヤンさんお勧め
「サンセット・スポット」は山の頂上。
島から海が一望できるそれはそれは素晴らしいところでした。
ここにホテルを建てたら
さぞ素晴らしいホテルが出来ること間違いナシでしょう

「ワヤンさん!ホテル建てるんだったら、
ここ!絶対ここよ!」


ワヤンさんも、ニコニコと
”また始まった”といわんばかりの顔で笑っています

ここから見る星空は想像しただけでも天昇気分

昨夜見た
夜空に撒き散らしたすさまじい数の星には
参りました~~


ワヤンさんが教えてくれた
きれいな場所は5重丸


最後のおいしいレストランは、
メチャまずい!!!
しかもレストランではなく、ふつうの汚いワルン!

でもOK!
充分汚いのには慣れました。
慣れるが一番
しかし、
ここでは食べ物は絶対期待してはイケマセン


楽しい経験でした。
『ヌサ・ペニダ』にいる間
私の大好きな「アグン山」がいつも島の向こうに見えているのでした。
それが私には、なんとも心癒される風景でしたが、

バリの人々の考えは
山には神が棲み海には魔物が棲む」と信じられています。
最高神が棲んでいるアグン山のちょうど対峙する位置にある
『ヌサ・ペニダ』
石灰質のやせた土地は
もっとも恐ろしい悪霊の棲み家と忌み嫌われていたので

その昔クルンクン王朝によって
「流刑地」として使われることにもなったのです


そして島の南部は、石灰岩の断崖が切り立ち、
まるで人を寄せ付けないような荒々しさと、厳しさが
「流刑地」というイメージをいっそう強くしているようでもあります


雨が少ないことも伴い、
人々は食を得るのにきびしい生活を強いられていたのでしょう。
未だに 「取り残された島」 
というイメージがしないでもありませんでした。

しかし私達はこの島がとっても好きになりました。
人々は優しく安全です。


『ヌサ・ペニダ』
たった3日間しかいませんでしたが、

この島出身の『ニョマン』が話してくれた
彼の生い立ちが
とても身近に蘇ってきました



次回に紹介します

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【2007/04/18 19:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
その③誰も来ない…『ヌサ・ペニダ』
↑続いています

海岸線に沿って、道なき道をどんどん歩いていくと
私達はいつの間にか、切り立った断崖の上に立っています
見下ろす景色は
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どこまでも、どこまでも青く澄んだ海と空
かすかに聞こえる穏やかな波や風の音
白い雲を裾にまとったアグン山


20070414172410.jpg




深く息を吸い込むと、なんの不純物もない透き通った空気が
身体の隅々まで流れ込んでいきます


私達は何度も問います
「こんなに景色も素晴らしく、
緑も豊かで、空気も海もきれいなのに
どうして観光客が来ないんだろう?」


『ヌサ・ペニダ』は
ほとんど雨が降らず、
果物もバナナやマンゴなど
少ししか採れないそうです。
米も採れず、わずかばかりの畑作と魚。
最近では天草の養殖が行われ、
その多くが日本などに輸出するようになって
人々の生活を支えているようです。


太陽がジリジリ熱い、とっても熱い

冷たい飲み物を探して尋ね歩きました。
「冷たい飲み物売っている所ありますか?」
20070414172300.jpg



「あの店なら有るよ」
と教えられて、たどり着いた店が また汚い!!

でも唯一冷たい飲み物を売ってるというだけで
大変有りがたいです
冷蔵庫も汚い!
中を開けたらまたコテコテに汚い!
コーラや、ファンタ、ティなどのボトルも汚いけど
一応金キャップがあるので…


チラッと見たら、ナシチャンプルも売っていたけど
とても買う気になれなません。

宿に戻って皆とコーラー2本を一気に飲んで
「そろそろお腹すいたね、お昼ご飯はどうする?」と相談

「しかし、どの店も汚いね~~
なんで、こんなに汚いんやろう。」


「そうね~、作っているところを見たり
キッチンを見たら
きっと食べられないでしょうね」とコマン


近くの店で昼ごはんをブンクス(持ち帰り)して、
ここで食べようということになりました

宿の裏の”ヤシ林”を通り抜けると、
ナシチャンプルを売っている小さなお店があります

ブンクスのナシチャンプルを食べ出したとたん
突然どこからともなく
ブィ~~ン、ブィ~~~ン
今度はハエかよ~~!
”わんさか、わんさか”です

凄まじい数のハエが群がってきて、
左手でハエを追い払いながら

せわしなく昼ご飯を済ませました

20070414172428.jpg
↑宿の裏には、”ヤシ林”が広がっています
牛がのんびり寝そべって、のどかな風景ですが、
”牛がいる所、ハエありき”なのです


私達の宿で何かと世話をしてくれるのは
この宿の近くに住む
自称「パートタイマー支配人」のワヤンさん
…ラグラグのガイドの「ワヤン」ではありませんよ…

「お客さんは1ヶ月に一人か二人
または誰もない」
だからお客さんがある時に飛んできて、
にわか支配人をしているのだそうです


ここで、質問
「隣の”ヌサ・レンボガン”は素敵なリゾートホテルから、
手頃なバンガローまでたくさん建っているのに
”ヌサ・ペニダ”はどうしてホテル、レストランがないのですか?」


ワヤンさんは、ハハハ…と大きな笑い声を立てて言います
「お客さんが来ないのに、
レストランやホテルを建てて、ど~うする?
すぐ破産するよー」


「なにも立派なホテルでなくてもいいんだけど…
もう少し普通のロスメン(民宿)とか…
う~~ん、でもレストランは必要ね」


「そうそう!!
レストランさえあればお客さんは来ると思うよ」


私達は『ヌサ・ペニダ』にお客さんが来るように
熱く…勝手に…提案し続けます


「よ~し、わかった!
あんたらの言うように、レストランを建てたとしよう…
それでも、お客さんが来なかったらどうするんだね~~?」


…あ~あ~、なんとネガティブな返事

「そうだ!あんたらがレストランを建てて、
うちのロスメンとジョイントする!
それがいいね~~!」

とカラカラと陽気に笑うワヤンさん

ずーと待ってるけど1ヶ月に一人か二人
または2ヶ月も3ヶ月も、悪い時はもっと長く
誰も来ないことがある、という現実を
彼は嫌というほど身をもって感じているようです。


ワヤンさんはとっても親切でよく笑い、よくしゃべります。
この島で生まれ育ったそうです。


ベモをチャーターして、ワヤンさんのガイド付きで
『ヌサ・ペニダ、ベモで行くオプショナルツアー』
に出かける事にしました

またまた続きます!



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【2007/04/14 17:41】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
その②こんなきれいな風景なのに!…『ヌサ・ペニダ』
↑前回の続きです

おんぼろ「ジュクン」に地元の人、
ぎゅうぎゅう詰めで
「パダンバイ」港を出ました。

前回の大型船「クイックシルバー」では
ひどい船酔いで身動き取れなかったので、
今回は酔い止め飲んで乗り込みました。
20070410173249.jpg
↑小型ジュクン(私達の乗った「ジュクン」は屋根も付いてもう少し大型です)


船の中では現地の人達ばかりですが、
みんなニコニコした笑顔で温かい雰囲気が漂っています。

あっちこっちで紙に包んだを「ナシ・チャンプル…バリの代表料理」
広げて食べています。

親切にも私達にも
「どう、一緒に食べる?」と
ナシ・チャンプルを差し出して勧めてくれるのです。

こういう”ほのぼの”とした温かいものは
観光路線では味わえない、格別のものがあります


きっかり1時間
ヌサ・ペニダの港「サンバラン」に到着!


わぁ~きれい~~!!!!!
20070410173343.jpg



まず感激は、
透明度抜群の海の対岸に霊峰アグン山がくっきり優美に
そびえているのがうれしいでした。

さわやかに澄んだコバルトブルーの水の色と、
ほぼ同色の空、ハイライトのアグン山とが絶妙なコンビネーションで優しい風景
を描いているのです。

アグン山は日本人にとっての「富士山」のようなもの
バリ人にとって『神々の住む山』『母なる山』として崇められています
…バリ島最高峰(3142メートル)の山

私もなぜか”アグン山が見える場所”には強い執着があるのです

今回はホリデーではなく新境地開拓が目的なので、
ありったけの宿を見て回ることから始めました。

同行者はラグラグの女性スタッフお馴染みの”コマン”と
前のスタッフの”デサ””ネンガこの二人はカップルで今はもう結婚しています
20070410173421.jpg
↑”デサ”と”ネンガ”



まず「べモ」の運ちゃんと値段交渉
というのは、ここには「タクシー」なるものは、なさそうです
このベモ(乗り合いバス)だって、
いまではバリの本土でも使っていないような昔の車種でした

大体所要時間1時間で「4万ルピア(\600)」と結構高めでしたが
他に方法がないので、しぶしぶ交渉落着。


ガイドブックによると
「サンバランに唯一の安宿があるので覚えておこう」と
ありました。

実際は「サンバラン」に3つ
「トヨパカ」に2つありました

20070410173616.jpg


200kmと結構大きなペニダ島。
なのに
宿泊施設がたった5つだけ~~!!??


海に一番近い宿、外観はまあまあでした
1泊の宿賃
「2万5千ルピア(400円)」ならこんなものかなーと思いきや、

部屋の中を覗いて「ウエー~~」

シーツも汚い、何と言ってもカマル・マンディ
(トイレ兼浴室)が
コテコテに汚い~~~!

浴室と言っても、勿論バスタブもシャワーもありません

バリの民家とかでトイレ借りたら、
必ず便器の横に水が貯めてありますね
あれ、です
20070410173519.jpg
↑これはバリのロスメン(安宿)に備えられた、ひじょ~にきれいな「カマル・マンディ」

その水を手桶で汲んで身体を洗うのです
マンディ=水浴びのことです

そう、それでそのマンディの為の水を入れたタイルの外壁がですね…
水垢で真っ黒になっていて汚い!
とにかく汚いのです!…今まで色んな安宿を見ましたが、
ダントツ一位で、汚い!
あれは何年もタイルを磨いていませんよ!

ここはちょっと遠慮しておきます
まだ着いたばかりで「ショック」が強いです!


海から離れた所に少しましな宿があったけれど、
海へ行くには遠くて、宿からの景色は家の中庭だけ
ヌサ・ペニダまで来て
海を眺められない所に宿を取るのは
意味がないかと思って、パスしました。


しかも一丁前に、水シャワーで、朝ご飯もなしで、
5万ルピア(750円)も取るんです。


「もう一軒はどこですか?」とべモの運ちゃんに聞いたら
「もう一軒海の側に有るけど、さっき見た所よりもっと汚いよ。
行きますかねぇ~」
というので、勿論パス、パス!!

それではと、
「サンバラン」から猛スピードのベモで20分のところにある
「トヨパカ」へと向いました
20070410173501.jpg
↑殆ど人を見かけない”ゴーストタウン”のような村々を通り抜けて


…どうしてアジア人のドライバーは
ああもスピード狂なんでしょうね!
こっちは全然急いでいないのに、
まあ、飛ばす飛ばす~~
旧式の「ベモ」はトラックを改造したものなので、
しっかりポールにつかまっていないと、振り落とされそうになります


この島は多分3~40年前のバリだと思います。
ホテル、レストラン、が一つもない。
車はベモだけ(昔バリで使っていたベモが健在)、
タクシーや乗用車は見たことがありません
バイクは少しだけど、人々の主な足になっているようです

「トヨパカ」にある宿は部屋から海は見えませんが
歩いて海まですぐなのと、清潔なので、
「ムティアラ・ヌサ」という宿に落ち着くことにしました。

ホットシャワーはなし!
でも朝ごはんを付けて「4万ルピア」まで交渉できたので
決めました
この分なら他を見ても
期待できそうにないので…


汚いのを見た後は、普通でもすごーくきれいに見えるもんです。

一応チェックインをしてから探索に…


近くの人に尋ね歩きます
「部屋から海の見える宿はありませんか?」

雑貨屋の店の人が「一軒だけあるよ」
といって、連れて行ってくれました。
確かに海に面して建ってはいるが、
この部屋のカマル・マンディも恐ろしく汚い。
朝食なし!
そ・それなのに”4万ルピア(600円)”だと~~~

どうも『ヌサ・ペニダ』の宿は基本的に”朝食なし!”のようですね

いつもぐうたら怠け者の”ネンガ”
いつになくアクティブで
「この近くを見て回りましょう」と


向こうに見える高台の景色がきれいそうなので、
ビーチ沿いに歩いて行きます
そのまま岸壁沿いの山道の道なき道を歩く事2時間半。

対岸にはずーと霊峰アグン山が見えています。

景色は素晴らしく
海の水はバリ近辺ではぐっと差がつくほど透き通っています。


手付かずの自然がそのままで、家も人も少なく
私達は「わーっ、きれい!」を連発し、
何度も立ち止まっては、
しばらく美しい風景に魅入っていました。


20070410173700.jpg



そして
「どうしてこんな景色も素晴らしく、海もきれいなのに
観光客が来ないんだろう?」
と話しました。

次回も『ヌサ・ペニダ』の魅力をたっぷりお話します!


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【2007/04/10 17:55】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ニョマンの故郷『ヌサ・ペニダ』
以前「ラグラグ」で働いていた
「ニョマン」がオフィスに遊びに来ました
20070406215847.jpg
↑ニョマン

彼は
『ヌサ・ペニダ』出身です

『ヌサ・ペニダ』はバドゥン海峡を挟んで
バリ本島の南東部に浮かぶ島々の中でもっとも大きな島です(約200Km)

『ヌサ・ペニダ』
お隣の「レンボガン島」と並んで
美しいサンゴ礁、透明度の高い海、色とりどりの豊富な魚に恵まれ
ダイビングやシュノーケリングのポイントとして有名なのです
20070406215922.jpg


ニョマンが
「今度時間があるとき『ヌサ・ペニダ』へ一緒に行きませんか。
見せてあげたい、すご~~くきれいな場所があるんだけど…」

と誘ってくれました

「うん、行こう!行こう!
でもね、私何年か前に一度行ったことがあるんだけど…
あれから変わっているかな~」

「うん、多分少し…(言葉の雰囲気ではあまり変わっていないのかな…)
でも本当にすごくきれいな所があってね、
きっと観光で行っても分からない場所だし、
島の人達だって、あまり知らないと思うよ。
見せてあげたいなぁ~~」

「あっ、じゃあ絶対今度行くからね!
すごく楽しみにしているからね!」

と約束しました。


ちょっとここで『ヌサ・ペニダ』という島をガイドブック風に紹介しますと

昔はひとつの王国だったそうですが、
「クルンクン王国」との戦いに敗れ、
「クルンクン王国」の流刑地として使われていた
という歴史のあった島なのです。


隣の「レンボガン島」には
美味しくって、なかなかオシャレなレストランもあるし
リゾートホテルからお手ごろな
ロスメンまで
宿泊施設も充実しているのに比べ、
この『ヌサ・ペニダ』には殆ど観光客が寄り付かず、
ダイビングを楽しむダイバー達も沖合いで潜ることがあっても、
島に滞在する事は殆どないようです


また『ヌサ・ペニダ』の情報も少ないのです

どうもそのへんが”ひっかかります”どうしてだろう…?

それで数年前に行った『ヌサ・ペニダ』のことを思い出しました

実は『ヌサ・ペニダ』には2回行っているのですが、
最初の時、手違いで宿泊する事ができず、
泣く泣く日帰りで戻ってきました。


その後、再度計画立てて出発!
執念の『ヌサ・ペニダ』への旅です(以前行った時の話です…念のため)


ウブドから車で1時間半、
バリ東部最大の町「クルンクン」を通って
20070406215948.jpg
↑300年以上の歴史を誇る古都「クルンクン」の交差点には”ププタン記念碑”が建っています



更に海岸沿いを東へ行くと最初の村が塩田で有名な「クサンバ」>
…「クサンバ」の塩は”世界一おいしい自然塩”といわれています…


その「クサンバ」を通り越して更に東へ行くと
素朴な漁村「パダンバイ」があります
20070406222500.jpg
のどかな「パダンバイ」のビーチも魅力!

ここは、ロンボク島へのフェリーの発着場でもあり、
海外から多くのヨットがやってくる”国際ハーバー”でもあります
…税関もあるのですよ…
20070406220041.jpg



この「パダンバイ」から『ヌサ・ペニダ』へ渡る船が出ているのです


船賃は片道一人”9,000ルピア”(約135円)安い!
…今は値上がりして”20,000ルピア”だそうです…それでも安い!

バリ人ギュウギュウ詰め、
オンボロ船”ジュクン”でバドゥン海峡を渡ること、きっかり1時間。


以前、手違いで宿泊できなかった時は
ブノアから出ている大型船「クイックシルバー」
『ヌサ・ペニダ』へ行きましたが、
こちらはクルージング・ツアーですので船も豪華、
マリンスポーツなど豊富なツアーメニューがついているので
”85ドル”ほどしていました。
20070406220026.jpg
↑ディ・クルーズのちょい豪華船「クイックシルバー」


雲泥の差です
でもパダンバイからのコースの方が波は静か。
あの「クイックシルバー」で行った時は
ずーと船酔いでまったく動くことが出来ませんでした
今回は酔い止めを飲んで準備万端。


『ヌサ・ペニダ』の港サンバランに到着。


わぁ~~~、すご~~い!きれ~~~い!
20070406223434.jpg




続きます


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【2007/04/06 22:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
その③森に棲む異界のものたち…モンキーフォレスト
お父さんが”ヘビ”を殺したから?
女の子が”葉っぱ”を取ったから?

…だから女の子は死んじゃったの?…

私にとってはこんな不可解なことを、
コマンはいともあっさり
この「森の掟」の如く話します
20070403171358.jpg
↑コマン


「モンキーフォレスト」は聖なる森
この森には精霊がいっぱいいるのです
木にも、葉っぱにも精霊が宿っています
また同じように悪霊もひそんでいます
これらは微妙なバランスを保ちながら”森”に棲んでいます

そして、それらは木や葉っぱを守り、水を守土を守り
森を守っているのです
森の中にあるもの全てが呼吸しているのです


人間が知らずに
森の中にあるものや、生き物を傷つけたり荒らしたりすると
森の精は怒り、
その人間はこの世から
闇の底へとからだごと連れ去られてしまうのだ


と、こんな怖い事を言うのです~~~

「モンキーフォレストには特別の強いパワーがあります
森の中で”ネガティブ”な考えを持つと、
危ないですから気をつけて下さい」
とバリ人はよく言います

また”身体や精神が弱っている時も
気をつけなければ、
悪霊に引き込まれるよ”
とも言われています
20070403170624.jpg
↑「モンキーフォレスト」の祭壇…これも不気味



まあバリに限らず
「森」には精霊が棲み
「森に生きる全てのものを森が守っている」とはよく聞きます

森は私達の自然環境のバランスを保つ上で
大きな役割を持っています

空気を浄化して、
地球の温度を安定させます
降った雨の水をきれいにしてくれます
樹木の香りや枝葉のさわめきが
心を落ち着かせ、癒してくれます


そして私達人間とは違うスケール
気が遠くなるほどの時間を生きる森の生き物や植物たちの歴史
それを考えるだけで

精霊たちの息遣いが聞こえてきそうです
森の宇宙が見えてきそうです

20070330123108.jpg



「森に棲む生き物を傷つけたり
葉っぱを取ったら、即
闇の底へ連れ去られる」
とまでは行かなくても
地球の将来に対しても
何か森からの大切なメッセージを発しられているような気がします


この森のある「モンキーフォレスト通」りと
その東側の「ハヌマン通り」には昔から
異界からやってきた不思議な生き物が現れる場所として有名です


バリの人達から
”深夜、猿の姿をした神様を見た”
”猿の姿をしたレアック(悪霊)を見た”
という話をよく聞きます
…この辺りに住む人達からしてみれば、
”それら”がこの辺をウロウロ徘徊しているのは、
ごく当たり前のように思っています
(勿論、深夜ですよ)


猿の姿をしているけど人間とほぼ同じ大きさで
毛が真っ白だったり、真っ黒だったりするそうです
そして尻尾が異常に長いという事です

20070330123018.jpg

↑猿の総大将の「ハヌマン」は空を飛び変身もできる猿神なのです

猿は神様のお使いだから、
人間の行いや振る舞いをじっと見て
話す事も聞いているのだというのです


だからコマンは私に
「猿を嫌いだ!」なんてことは言ってはダメだと
教えてくれたのです
20070326175116.jpg

…”わかった!もう言わない!でも好きになれるかな~コイツら…



コマンと一緒に「モンキーフォレスト」の中を歩きながら
そんな話を聞かされていると
なんだかこの”森”に潜む
目に見えない濃密な霊気に包まれていくようで”ゾクッ~~~”

猿に”クソッ!”と思っている心を見透かされて
猿の化身のレアックに
「ちょっと脅かしてやれ!」てな感じで
大木を投げつけられたのだろうか…
とマジで思えてきました





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【2007/04/03 17:10】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
バリの空に星は満ちて


神々の島「バリ島」に魅せられて! 神様の事、レアック(おばけ)の事、バリには不思議がいっぱい! 温かい大自然と調和するバリの人達の自然な生き方。 輝く笑顔がある

プロフィール

ラグラグ★いつ子

Author:ラグラグ★いつ子

初めての海外旅行が衝撃の”インド”
地の底を見たような、カルチャーショックを受けつつインドに惹かれて通いました。
何故かそのまま自然に、インドからバリ島へと導かれるようにこの地を踏んでいました。

”ああ、ここは天国やわぁ!”

気が付いたら何かに背中を押されたように、バリの人達とツアー会社を始めて10数年。
いつの間にか、バリの奥へ奥へと入ったまま、もうここは紛れもない私の場所なのか・・・

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