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「祭りに明け暮れるバリ」でも人達の生活は…
話を引っ張るようですが、
私はこういう話を聞くたび(前回のカデェ君からの悲しい話)

バリの風物詩「オダラン…お祭り」とバリの人々の生活を考えてしまいます

オダランガンボン


頭上に高く積みあげられた
色とりどりのお供え物(ガボガン)を頭に乗せて歩く女性達の姿
夜、通りかかった村のなかで出会う幻想的な祈りの風景
道端に置かれる小さなお供え物
いつも神様と向き合うバリの人々の敬虔な姿を見るとき

それは、とてものどかで、懐かしくもあり
心の中で眠っていた何かをゆり動かされるように
安らぎを覚えます


「オダラン…お祭りは」
この島のおおきな魅力になっています

オダラン3


しかしその裏であまりにも多い祭事のため
お供え物やお寺への寄付にあえぐ貧しい人々の苦悩も
見えてきます

特に大きなガルンガンやニュピには
お供え物やご馳走の準備のため、たくさんのお金がかかります

外に出て働く若者達も
ガルンガンやニュピのため
ふるさとにお金を持って帰らなくてはなりません
どこの会社でも年に2回のガルンガンと1年に一度のニュピのためのボーナスを出します
小さなお祭りや儀式もあわせ
祭りに明け暮れる日々のバリ人にとって
その度にお金のストレスも伴うという事です


村の儀礼の日には
成人男性は、神様に捧げるためのお料理作りに
参加しないとアカンのです
何らかの都合で出られない時は
それに変わる代償としてお金を払わねばなりません
彼らは仕事と村の「バンジャール…寄り合い」の板ばさみに悩む事しばしばです


*バンジャール…成人の男達によって構成されている村の共同体で
冠婚葬祭から施設の管理から田畑に引く水の決め事まで
ありとあらゆる事柄を話し合います


先日のギャニャールの知事選についても
何をそんなに話し合う事があるのかという程、
毎晩遅くまで集会があって、
ああだこうだと話し合うのだそうです

ワヤンの村でも参加しないと、

「おまえさん、何で昨夜は来なかったんじゃ!」
とチクリと嫌みを言われて
肩身の狭い思いをしているところに更に
「今晩もあるから…ね」
プレッシャーをかけられた、とこぼしていました


「ハァ~~バリ人は本当にたいへん…」
しみじみと嘆く姿に
本当に大変そうです

バリの人達にとって何よりも大事な神様ごと
旅人でさえ祭りの風景や祈りの姿に魅せられているからこそ
何度も訪れるバリ島ですが
ダマイオダラン



現実問題はかなり厳しく人々の家計に負担をかけているようです


バリの人達、少なくとも私の知っている人たちは
殆どといっていいほど、皆生活が苦しいです
少女の家


生活の苦しい家庭では
子供を学校へ通わすことさえできないこともあります

まだ幼いのに大人顔負けの口調で仕事をしている子供達も
たくさん見かけます

生活の苦しい人たちにとって
子供を学校へ行かせられない経済事情はどんなものなのか
いったい学校にはどれだけのお金がかかるのか
私はとても気になるので

病弱なお父さんに代わって今では一家の大黒柱という
責任を肩にしっかり乗せて頑張っている

カデェ君に聞いてみました


次回に続きます

ご紹介したいとっておきの面白い話があるのですが、
プンゴセカン村のイベントの話の流れから
カデェ君と色々の話をする事になって、
彼から聞いた話も含め、どうしても書きたいことがあって長引いています

伝えたいバリの話、本当はこんな事がとても大切な事のような気がします


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【2008/01/29 00:11】 | 未分類 | コメント(3)
その③…イベントの後に残った小さな話
お父さんの絵が高く売れたので
”今月また迎えるガルンガンにはお金の心配をしなくても済むね”と

その夜は皆で、とても幸せなひと時を持ったと カデェ君は話しました

そして翌日お父さんは、友達のところへ行きます
900万ルピアでなら、150万ルピアを村に寄付金として収め
残り750万ルピアのうち
借金の残りを返して、少しお礼の色も添えて

…な~んて心弾ませて出かけていったのですが

しかし友達がお父さんに渡したお金は
150万ルピア2万円だけ

「えっ!えぇぇぇ~~~~!!
ど、どうして、それだけ~~~?」


そこで豹変した友達は
「あんたにお金を貸していたのはワシじゃろー
おまえさんが、”あの絵を担保に貸してくれ”と言ったんだから
お金を返していないから”あれ”はワシのもんや!」


「そ、そりゃないぜ~~~!
お金ができたから返すと言った時も
あんたは”お金が全部できた時でいい。
いつでも絵を返すから心配せんでええ”と言ったやろ!」


そこは「言った,言わん」の押し問答で
お父さんは泣く泣く150万ルピア(約2万円)だけを手に握りしめて
とぼとぼと帰ってきたそうです

幸せな前夜から一転して
悲しい夜になったと話すカデェ君

彼の持って行き場のない”悔しさ”が痛いほどよく分かります

「お父さんが、かわいそう…」とつぶやく彼の言葉に

なんだか私は胸が押しつぶされるような気持ちになりました

ギャラリーもやっている「ニョマン・カルサ」の宿のボス
その話を聞いて
カルサのボス
↑ニョマンカルサのボス…いい人や!

「それは、ひどい!
せめて半分ずつの375万ルピア位は(約5万円)親父さんに払われるべきだ!」
と怒ってくれたそうです

私も何もできないけど
「怒ってやる!」から

P3010019.jpg



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【2008/01/24 18:52】 | 未分類 | コメント(4)
その②…イベントの後に残った、小さな話
カデェ君のお父さんの絵が
Rp.9,000,000 (約12万円)で売れた!

日本人の私達にすればそんなたいした金額でなくても
バリの人達にとっては
それはとても大金…カデェ君のお給料の15ケ月分にもなります


30年振りに行われた
「プンゴセカン村」の大イベントに出せるほどの絵なのですから
それは力作だったに違いないでしょう
…残念ながら、私のカメラには収めていなかったので
ご紹介できないのが、なんとも悔しいです

それでカデェ君の話ですが

半年前のガルンガンのお祭りの時に、 家にお金がなく…

…ここでちょっと「ガルンガン」とは

バリでもっとも重要な祭礼で
祖先の霊を迎え入れりのが”ガルンガン”で、
その10日後には霊を送り出す”クニンガン”があり
(日本でいうお盆ですね…それが年に2回も行われるわけで)
各家庭は、その供え物やご馳走などの準備で大忙しとなり
またお金もかかるのです
ペンジョール
↑”ガルンガン”には椰子の葉で編んだ「ペンジョール」がバリ中を飾ります

まあ、日本も昔はお金がなければ年を越せないと
(お正月の準備ができない、と)
悩まされたり、せっぱ詰った時代がありましたよね

…そんな感じでしょうかね


それで彼のお父さんは困り果てて
友達の家を訪ねました

その友達とは何年来の付き合いで
また彼のお父さんの絵を買ってくれる画商でもある
いわゆる”いい関係の人”なのだ…そうです
P1270060.jpg


お父さんは、一枚の絵を持って

「もうすぐガルンガンが来るのに
用意するお金がなくって困っているんや
…それでこの絵を担保にお金を借りられんやろうか…」

と相談したとか

そしたら、その友達は
「よっしゃ!分かった。心配するな」

と言ってお金を渡してくれたそうです

お父さんは
「必ず、お金を持ってくるから、
それまでこの絵を売らずに、預かるって形にしてくれないか
必ず、持ってくるから」


と何度も念を押しました

友達は
「わかった、わかった。
あんたがお金を持ってくるまで売らないから 。あんしんして」


お父さんは、
「ありがとう。ありがとう」
感謝して帰って行きました

それから数ヵ月後
お金ができたのでお父さんはそのお金を持って
友達の家に行きました

「まだ少し足らないけど、お金ができたので
まずは返したい」

と言いに行きました

友達は
「大丈夫。残りのお金ができるまで
この絵は売らないから
いつでも絵を返す
それにこれはあんたの絵だ
分かっているから 安心してここに置いておきな」


結局お父さんは友達を信用して
大事な絵を預けたままにしていました

そして今回のプンゴセカン村のイベント
画商である友達は、お父さんの了解を得てその絵も展示する事にしました

すると、なんと!
高額な値段で売れてしまったのです

勿論カデェ君の家族は大喜び
その夜は皆で、とても幸せなひと時を持ったと
彼は話しました
カデ


だって1月23日には、またガルンガンがやってくるのですから

しかし、ところが…ところが…

…すみませんが
次回にまた続きます



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【2008/01/20 23:08】 | 未分類 | コメント(0)
華やかな”イベント”の後に残った小さな話
プンゴセカン村の大イベントが終わった数日後

村


常宿の「ニョマン・カルサ・バンガロー」の従業員のカデェ君

私の部屋に朝食を運んできてくれたので

私は気になる「プンゴセカン村のイベント」の話を
あれやこれやと聞いていました

カデェ1


絵が何枚売れて…
展示された絵の画家達のうち6人が選ばれて
今マレーシアに行っているんだよ…とか
有名な画家の名前は○○で、
この絵の値段はXXXで…

私がデジカメで撮った絵の画像を見ながら、いろいろと説明してくれます

天女


そのような…デサでも知らなかった詳しい話を
若者のカデェ君がよく知っているのです

前回の記事の情報も殆どカデェ君から得た話でぇ~
絵


「あんた、なんでそんなに詳しいの?」と感心して聞く私に

「僕のお父さんも絵描きやからね
いろいろ話を聞いてたんや…
それにお父さんの絵も、あのエキシビジョンに出してたんだよ」


「へぇ~そうなんや~
プンゴセカン村は、ホンマに絵描きだらけやねぇ~」


そう言われてみて思いだしました

彼のお父さんは体が弱く
畑仕事が思うようにできないので
殆ど家にいて、体の調子のいい日には絵を描き
それを売って、生活の糧にしているって

…以前聞いてたなぁ~~

よほど有名な画家でないかぎり、絵を売るだけでは生計が立たないので
たいていの家はお父さんは畑仕事をしながら
絵を描いたり木彫りをしたり、二つの仕事を両立させながら
家族を養うのです

カデェ君のお父さんは絵を売るだけが収入源だったので
彼の家は昔からとても生活が苦しかったようです

それで以前も書きましたが、

彼はこの宿で働いて得た収入は、全部お母さんに渡します
そしてカデェ君がお金が必要な時、
お母さんに言ってお金をもらうそうです…ホンマにえらい子や!
今では彼が一家の大黒柱なわけですからね

彼はまだ21歳の若者ですから
カッコいい靴が欲しい
髪の毛の真ん中だけ色を入れてみたいなど
オシャレもしたいし、
携帯もほしい
しかも最近流行のいいやつが欲しい
たくさん音楽がダウンロードできて、写メールもできるやつが欲しい
IMG_2628.jpg


彼のお給料の4ケ月分もする携帯が欲しい…240万ルピア(32,000円もします)


私が最近買った電話機能だけのシンプルな携帯で
35万ルピア(約4,600円)だった

「そんなんではアカンの?」と言うと

「う~ん…友達、皆が持っているし…」

…そりゃ欲しいよね

将来のために車の免許も取りたいし
日本語の勉強もしたい


と語ります

それでも家の現状を考えると
多くのことを我慢しているように思えます

仕事の事、家庭の事、彼は愚痴を言いません
それでも押さえ込んだ気持ちが時には沸々と垣間見えることもあります


「僕のお父さんの絵はね
Rp.9,000,000 (約12万円)で売れたんだ…」


「うわぁーよかったね!すごいやん!900万ルピアやなんて!」

私はその話に
飛び上がらんばかりに喜んだのですが


どうもそう楽しい話ではなさそうです…

カデェ君は肩で大きなため息をついて
話し始めました

実は半年前のガルンガンのお祭りの時にね…


続きは次回に書きますね



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【2008/01/17 21:11】 | 未分類 | コメント(7)
絵画村「プンゴセカン村の一大イベント」
ウブドの南に位置するプンゴセカン村は、
私にとって、馴染み深い、身近な村です


まず、以前ラグラグで働いていた”デサ”の家が
このプンゴセカン村
デサ
↑デサと次男

”デサ”のご家族には、
私がバリにいない時、愛犬シロのお世話をしてもらっていますので、
私はしょっちゅうお邪魔しにいきます

ガルンガンやクニンガンの祭事には、
デサと一緒にプンゴセカンの各お寺を廻ってお祈りに行くこともあり
この村の人たちとは、どことなく顔を合わせる機会も多いのです

そして、話は途中で止まっていますが
「バリアン」のカトット・リエールさんのお家も
デサの家の3軒向こうで
やはりプンゴセカン村

また定宿の「ニョマンカルサ・バンガロー」のボスも
スタッフのカデェ君たちも、みんなプンゴセカン村の住人です

以前もブログで紹介しましたが

デサのお兄さん達や同居する親戚の人たちも絵描きさんで
娘のアユちゃんも、とても絵が上手
という話も書きました
プンゴセカン・スタイル
↑デサの家の敷地内は、ちょっとしたギャラリーやアトリエとなって絵が溢れています

というように多くの画家達が暮らすプンゴセカン村
絵画の村ウブドの中においても

従来のバリ人の持つヒンズー的な世界観とは違った感覚の
どちらかと言うと、仏教的な観念に近い
日本の花鳥風月の様式美にならったような
自由な色使いで優雅に描いていく手法

プンゴセカン・スタイルを1970年代に確立させた
絵画村として有名です


そして優秀な画家達が何人も生まれてきた村なのです

デサの家に遊びに行ったとき
アユちゃんが、
「今日の夕方から3日間、村の集会場で催し物があるの
私はガムラン演奏するから時間があったら見に来てね」

と誘ってくれました

エキスビジョン


早速夕方、出かけていきましたら
思っていた以上に大きな催し物で
観光客もまばらにはいますが
村人総勢で盛り上げている様子から
ひと目で、これはプンゴセカンの村挙げての一大イベントなのだという事が
感じ取れました

少女踊り

少女達による歓迎の踊り
パリス

少年達による勇者の踊り「パリス」
ボンドレス…Bondres
↑「ボンドレス…Bondres」というコメディー
仮面をつけたコメディータッチの狂言舞踏「トペン」
バロン

バロンの踊りや

大きな幕の後ろで女性達が踊るのをライトで当て
影絵(ワヤン・クリッ)スタイルで演じる新しい手法の踊り


などが、あっちこっちで次から次へと催されていました

これらの踊りは客人を迎え入れる歓迎の踊りであり
このイベント「APRESIASI SENI PENGOSEKAN」の本当の目的は
プンゴセカン村のプロモーションでもあり、
村のための資金集めでもあるのです


このようなイベントは30年振りで開催されたそうです

そろそろ傷んできた村の建物やお寺の修復のため

絵画の村プンゴセカンの著名な画家を含め
村で選ばれた画家達の絵の宣伝も兼ねて売ります
勿論売れた絵の代金は、その画家のものになりますが
そのうちの10~20%を
村に寄付します
有名画家
↑有名画家「故Gosh Katut Kobot氏…90歳で永眠」の絵はRp.150,000,000(約200万円)も売れました

デンパサールにあるISI芸術大学の有名な教授を始め
アルマネカなどバリ中の美術館の館長
シンガポールや中国、マレーシアを始め
ヨーロッパからも画商や財団などが訪れました

会場のあちこちで、顔見知りの人々や子供達と出会います
アユ
↑アユちゃんが「私のお父さんの絵もあるのよ」って呼びに来ました

男の子達


3日間続いた村挙げての一大イベントも
15枚の絵も売りあげ、盛況のうちに幕を閉じました


しかし、その陰で、ちょっと悲しい裏話を
後に私の宿の「ニョマンカルサ」従業員のカデェ君から聞くことになり…


次回に書きます



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【2008/01/14 14:59】 | 未分類 | コメント(2)
バリとは思えない”あやうい風景”
今、ウブドを包括するギャニャール県は大混雑です

1月14日に行われる
「ギャニャールの知事選」にむけて
2名の候補者の戦いが繰り広げられています

候補者のひとりは
PDI(労働党)…初代のスカルノ大統領の娘で前大統領メガワティ(MEGAWATI)の党派から

ギャニャールの王様
「A.A BHARATA氏」


選挙ポスター
↑右が知事候補の「BHARATA氏」で左は副知事候補者

対抗馬のもうひとりは
2代目大統領スハルトの党派である「GOLKAR…ゴルカル党」からの候補者は

ウブドの王様
「COKORDA SUKAWATI氏」

ウブド王様
↑右がウブドの王様のチョコルダ氏

選挙戦は日増しに白熱化して、うるさいのなんのって…

各候補者の応援のデモストレーションは
暴走族まがいの「KONVOI…コンボイ」
群れを成し、けたたましいバイクのエンジン音を
ブォンブォン~~~バリバリバリ~~!!
選挙バイクグループ

先日「うるさい!」と怒った民衆が石を投げ、
それが見事命中、頭から血を流した、と新聞に出てました…うん、気持ち分かるわ~

トラックには人達が満杯に乗り込んでいます
派手なというか…どちらかというと
ガラの悪いというイメージしかない強面の男達

選挙カー2


たくさんの人を乗せたトラックやバイクが、何台も何台も連なり
それぞれの党派の旗をなびかせ、奇声と共にエンジン音を唸らせ
あちこちの道路を練り走っています
選挙カー


ここ数日ウブドやマス村、テガラランなどを含む
ギャニャール一帯は、このうるさい不快音と
暴走族まがいの選挙カーのおかげで大渋滞
2人組悪
↑バリにもこんな人、おったんや

我々日本人からすれば
選挙戦は党派の大事なイメージがありますので
もうちょい厳粛で清潔なイメージとかマナーを重視するものと思っているので
なんでこんなマフィアさながらの風貌の人達を使うのだろうと
懸念していましたが

優しくって、おとなしいイメージのバリでも
やはりここはアジアなのだと、痛感する所です

対抗する二つのグループがかち合うと
一発触発のあやういシーンが度々起こるようです

以前もバリ島北部の”シガラジャ”で選挙後
負けた候補者のコンボイ達と
勝った候補者のコンボイ達が、鉢合わせ
罵りあい、投石、果てには
建物に火を放つ騒ぎにまでなったそうです


ここバリでも選挙といえども闘いには
お互いの「力」「強さ」を誇示しあいます
マフィア
 ”神々の島バリ”とは思えないウブドの街中
まるでクーデター寸前の戒厳令のしかれた”よその国”のようです

人相や風袋は悪そうに見えるけど
彼らの殆どはボランティア
もしくは少しのナシチャンプルとコーヒー代位をもらって
日々頑張っているのです
…カメラを向けると喜んで笑顔を向けます

勿論大事な「知事を選ぶ選挙戦」ですから
デモストレーションも県民の関心をあおるように
日毎にエキサイティングしているのでしょうが…
とりあえず、うるさくてかなわんです

IMG_3141.jpg
↑ウブドの街中はどこも大渋滞

人々も、なんだかうんざりしているように見えます

でもこのうるさい大行進も今日でおしまい

明日から選挙前日までは
人々が誰を選ぶか考える期間として
各党のコンボイ達は静かにしなければなりません


あとは14日の当日、結果次第で…
「まあ、何も起こらないことを祈ります」って
ワヤン達は言っています
PDEの旗
↑PDI(労働党のシンボル)

きっと、ギャニャールの王様が勝つって…皆ささやいています
バリでは前大統領メガワティの党派「労働党」が絶大なる人気を誇っていますから



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【2008/01/10 12:20】 | 未分類 | コメント(2)
”偉大なる音”が天を裂く…2008年
2008年が明けるカウントダウンも
「スアールアグン芸術団」の
カウントダウン・コンサート・ジェゴグ公演
で迎えました


その前の年のカウントダウンで
始めて”ジェゴグ”なるものを聴きすっかり虜になっています
バチ大写し



2006年→2007年のカウントダウンの時は
ウブドから車で2時間半もかかる
ヌガラのPekutatan村の「PURI DAJUMA HOTEL」まで行かねばなりませんでしたが

2007年→2008年の「カウントダウン・コンサート」
ウブドから車で25分、Badung県、マンバル(Mambal)村まで来てくれたので
「それなら気軽に行けるね。是非行きたいです」
と言われたお客さん達と、連れ立って行ってきました

会場は、前回の時もそうでしたが、
今回も日本人の方達でほぼ90%しめていますし
「受付」という文字も、日本語で書かれていたり
挨拶や説明も日本語なんですよね

…なんだかバリにいながら日本人社会にいるような
なんとも不思議な感じがしました

素朴な農民生活の中から生まれたダイナミックな巨竹打楽器
と銘打つ”ジェゴグ”
バリの西部・ヌガラという土地で農民達の娯楽として
1912年誕生しましたが

第二次世界大戦後のオランダ植民地政府が
「”竹”なるものは武器にもなりかねん」などの理由で
禁止、没収され”ジェゴグ”はバリから姿を消しました

インドネシア独立後の
1979年頃団長の”スェントラ氏”が村の人達を熱心に説得して、
再び”ジェゴグ”
バリの伝統文化芸能として
ヌガラの人達の手に戻ってきました


という歴史を持つ
”ジェゴグ”の事は昨年のブログにも書いたと思いますので、
その話はここまでにして


やはり”ジェゴグ”はすごい

団長の”スェントラ氏”の挨拶で

「演奏するものも,聴く人達も
ひとつになれるよう、どうぞ好きなところで体感してください
演奏者のすぐ横や後ろに行ってもいいし
竹の下に潜ってもしいし、どこでも好きな場所で
リラックスして楽しんでください」


そう言って頂ければ
演奏が始まると私達は、おとなしく前の席だけで鎮座なんかしていられません
みんなそれぞれが好きな場所に向かって動きます
和美


カメラ持って、友達とおしゃべりしながら演奏者のすぐ側で
記念写真撮ったり
竹の下にもぐりこんでひとり恍惚としている人
演奏者の横で同じように身体を共鳴させている人
みんな自由に与えてもらった観客席で楽しんでいます

後姿


しかも、すごいことに
観客の動きが演奏者の邪魔をするのではなく
私達の喜ぶ様が、演奏者を更にエキサイティングさせるのです

イエェ!


カメラを向けると”バチ”で竹を叩きながらも
”イエェー!”で応えてくれ
演奏者も楽しんでいるのが伝わってきます
そして彼等の躍動感は
どんどん激しくなっていくのです

躍動前から


頂いた説明書に
「ジェゴグの音は、縦の波動となって、
その場にあるすべての魂にダイレクトに伝わります
土、木や植物、建物などと、そしてそれらの持つ音や
人達、そしてその声も含め
その場のすべての空間も
反響する音をも巻き込むように、ひとつの大きなうねりとなって
響きあいます」



というような事が書いてありました

ほんま、ほんま!まさにそんな感じ!

私達の存在自体が
音の中に包み込まれて、演奏する彼らの体と魂が
豊かで奥深い、大地の音となり
そのまま私達の体や魂に入り込んでくるようでした

躍動
↑この躍動感は伝えきれない!

言葉では伝え切れませんが
突き上げる喜びや、幸せに満たされた気持ちになりました

観客の顔が、本当に幸せそうに見えました

先程から、パラパラ雨が降ったりやんだりしながらも
何とか持ちそうな気配の空模様だったのが
カウントダウン間近

”偉大なるジェゴグの音”がまるで天を裂いたように

突然バラバラバラ~~~!!と大きな音と共に

大雨、雷更には停電


真っ暗闇の中、屋根の下にみんな非難します

そのまま身動きできない程の大雨は
やみそうもありません

当然、残念ながらの中止と思っていたら
叩きつける大雨の中、演奏者達の手によって
屋根のあるホールに
大きな竹の楽器がどんどん運び込まれてきます

おお、なんと!演奏再開です!

自然と人と”偉大なるジェゴグ”の音の融合で
無事迎えることができた
新しい夜明け『2008年』は
自然と手を結び
なにか大きな飛躍があるような…そんな予感が


2008年




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【2008/01/06 10:38】 | 未分類 | コメント(2)
新年のご挨拶
あけましておめでとうございます

皆さんの、新年はいかがですか?

昨年は、たくさんの人達の温かい励ましのお陰で
ブログも途絶えることなく
更新続ける事ができました

バリのディープなお話
日常の他愛のないお話
時には、ちょっと教養ある?お話も交えて
私も楽しみながらお伝えすることができたと思います


心から、感謝!感謝!感謝!です

バリを大好きなみなさん
今年も、少しの間でも
私のブログからバリの風を感じて頂ければいいなぁ~~という気持ちで
楽しい話&不思議な話&心和む話
お伝えできるよう、がんばります

よろしく応援お願いします


カウントダウン間近

突然振り出した大雨と轟く雷で
「2007年」の悪いものを洗い流されたような
バリでの大晦日

目覚めたら
すっかり雨もあがって

 『すがすがしい2008年の新しい朝』を迎えていました

”澄みわたり穏やかな年”になりそうな予感の
『2008年』…


今年一番お初の小さな和みの写真はこれ
アヒル
↑宿の前”親子のアヒル”が散歩

シロ&ガチョウ
シロがフレンドリーに寄っていきます
でも子供のアヒルを守るお母さんアヒルに”グェーゲェー”と威嚇され、尻込みするシロ

アヒル行列
↑ゆったり並んで散歩続けるアヒルの家族

新年のご挨拶でした



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【2008/01/02 14:19】 | 未分類 | コメント(2)
バリの空に星は満ちて


神々の島「バリ島」に魅せられて! 神様の事、レアック(おばけ)の事、バリには不思議がいっぱい! 温かい大自然と調和するバリの人達の自然な生き方。 輝く笑顔がある

プロフィール

ラグラグ★いつ子

Author:ラグラグ★いつ子

初めての海外旅行が衝撃の”インド”
地の底を見たような、カルチャーショックを受けつつインドに惹かれて通いました。
何故かそのまま自然に、インドからバリ島へと導かれるようにこの地を踏んでいました。

”ああ、ここは天国やわぁ!”

気が付いたら何かに背中を押されたように、バリの人達とツアー会社を始めて10数年。
いつの間にか、バリの奥へ奥へと入ったまま、もうここは紛れもない私の場所なのか・・・

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