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オランダの地でさまよう「プトゥ」とヌガラの「コマン」
親戚中からお金をかき集め、大きな借金を残して
オランダに旅立ったコマンのダンナの「プトゥ」さん

正確に言えば、彼のオランダ行きは、
もうすぐにでも出発…といいながら、
斡旋業者から

”まだ書類が揃わないから…
ビザ取得に手間取っている…”などなどの理由で延び延びになった末
結局、コマンの出産の時にはまだバリにいて、
何とか産まれ立てほやほやの娘の顔を見ることには間に合いました

そして、その娘”エンジェル”の誕生の1ケ月後に旅立ちました



それがオランダへ着いて、初めて騙された事を知ることになるのですが…

降り立った空港には、誰も迎えに来ていないので、
勿論仕事も泊まる所もないわけですね

プトゥさんと一緒に参加した友達は、オランダでうろつきながら、
自分達で仕事を探さねばならない羽目に…

3ケ月でビザは切れ、不法滞在者として、
身を隠しながら転々と職場を替えるという気の毒な話です

しかし、残った莫大な借金を(日本円でだいたい50万円位ですが、彼らにとっては大金)
何とか細々とでも返さねばならない厳しい状況下にあるもんですから
すぐには帰国する事もできません


悪いくじを引いたプトゥさんですが、
コマンもそれを背負わないとあきませんので…辛い事です



ヌガラへの道2
↑ヌガラへの道は気持ちのいい田園風景が広がって
観光客もあまり来ないので、車もすいています

左手に時折見える海岸線
バリ西部もなかなかいいですよ


ワカガンガ 075


出産後、ウブドから車で4時間、
プトゥさんの実家のヌガラで子供を育てているコマンに
ラグラグのみんなと一緒に会いに行ったのですが…

彼女があまりにもみすぼらしく、
またガリガリに痩せていたのには、私もラグラグのみんなもとてもショックを受けました。

可憐で美しかったコマンの面影はなく、いっぺんに歳を取った人のようでした


コマン正装
かわいかったのに~~~

ヌガラの片田舎で、話題もかみ合わない人達との気を使う生活。
ダンナがそこにいるなら、
それはそれなりに田舎であろうが、しんどい人間関係だって
そこに住むという意味があるでしょうが

牛


借金だけ残してダンナのいない慣れない土地での生活は、辛いもんがあります

借金先の親戚が連日のようにやってきて、
「うちも、もうすぐ息子の結婚式をするのでお金が必要なんだ,
いつ返してくれるんや!」と取り立てにやってくるたび、
部屋の隅に隠れて縮こまっていたそうです

猫

それやこれやのストレスで精神的にパンク寸前だったもんで

私が帰るとき抱きついて泣くコマン
私を離そうとしない彼女の腕から悲痛な悲しみが伝わって

胸が引き裂かれる思いで私はウブドに戻りました

石像花と女神

結局そのコマンの姿が頭から離れず、
再度コマンをウブドへ呼び寄せたのです…それは彼女の意向もあってなのですが


コマンはまだ6ケ月の乳飲み子を連れてウブドへ。。
4畳位の部屋を借りて、またラグラグで働く事となりました





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【2010/10/24 15:13】 | 未分類 | コメント(10)
コマンのダンナ「プトゥさん」の事情
バリで日本人が騙されるという話は、
掃いて捨てるほどあるようですが
バリ人同士でもえらい目にあう人がいるようで

コマンがプトゥという男性と結婚したのは2003年でしたっけ…
2002年だったか、ちょっと忘れましたが

とりあえず、
2002年の1月「バリ島爆弾テロ」が起こって
バリ中が悲しみに打ちひしがれ、その傷もいえない間に再度の爆破テロ、
そして追い討ちをかけるように、SARSの大流行

バリの観光に大打撃を与え、
ホテルもレストランも閑散とした
そんな大変な時期だったと思います


鹿
西部国立公園は豊かな緑と100種類以上の野鳥や
様々な野生動物の楽園


コマンのダンナの「プトゥさん」は
西部の国立公園内になる
ムンジャガンの高級ホテル「ムンジャンガン・ジャングル&ビーチ・リゾート
に勤めていたのですが
空港近くの南部のリゾート地やウブドのホテルでさえ
職を失う人がいっぱいでしたので、
空港から車で4時間も遠い西部の方まで足を延ばす旅行者も当然激減しまして

給料は何ヶ月も支払われない…挙句に、解雇

menjangan島
この【ムンジャンガン】空港近くクタやヌサドウァのリゾートでは味わえない
静かで自然に溢れた「秘境」ともいえる、とっておきの場所ですので、
今度紹介しますね


プトゥさんは無職のまま、コマンのお給料だけで
細々と暮らしていました

5ケ月も仕事がなく、バリ西部のヌガラの実家の両親から援助してもらうものですから
親に対しても、またコマンに対しても”恥ずかしい”と
本人は相当ストレスが溜まっていたようです


別に彼がぐうたらでもなんでもないのですが、
この時期…多くの人が同じような事情で大変でしたからね

バリ人にしては珍しい位、色白の男性で、
優しそうでまじめな人という印象でした       

結婚式コマン
                       ↑この人
彼が突然「オランダへ行く」と言い出したのは
ちょうどコマンが妊娠3ケ月の頃ですから、コマンはびっくり!

彼の友達が「オランダへ仕事をしに行くんだ」という話から

なんでも海外への仕事の斡旋をしている人がおりまして、その者から

「実は、急遽オランダから仕事の要請があってね…
応募できるのは2人だけだけど、どうかね…

その次は3年先か5年先になるか分からんから
こんな時期に、こんなチャンスはないよ。
あんたらラッキーだよ!」


仕事がなく焦っていたコマンのダンナのプトゥさんは
”またとないチャンス”とばかり
その友達と一緒に行く事を決めたのです

一旦決めたらこの人は、誰が何と言おうと聞く耳を持ちません

私は猛烈に反対しました。

まずその手の話は疑ってかかってちょうどいいくらいなのだから…

プトゥさんの友達が言うのには、
自分の友達も
海外での仕事斡旋から、外国へ行って働いているが、
いい収入を貰ってたくさんのお金を仕送りしている人がいる
だから大丈夫なんだと言うのです


身重のコマンを一人バリに置いて
子供が生まれたらその後どうするの?


自分の実家のヌガラで子供を生んで
彼の家族と一緒に住んだらいい
…と言うのです

コマンはどうなの?それでいいの?と尋ねると


「私はウブドで暮らしたいです。
ヌガラで彼がいないのに彼の家族と暮らすのも、心配だし、
子供がお父さんの顔も知らないまま5年間は、かわいそう

5年間というのは、私にはとても重いし…
全てに不安で、彼からこの話を聞いてから、すごいストレスで参っています

しかも私が必死で反対しても彼は聞いてくれない。
それもとてもショックなのです」


プトゥさんは子供の将来を考えても、この機会を逃したくないの一点張りで、
すでに心はオランダへ向かっているんですね。

しかもRp.50,000,000(日本円で約50万円)でオランダ行きの権利を買うのですよ。

条件として、
*パスポートは自分で用意しなければならない。
*航空券は含まれる。
*オランダでの職種はレストランのウエイター。
*月給は1,600ドル保証されている。
*オランダ入国してから3ケ月のアパート代は含まれるが、
その後は自分で持たなければならない。
*延長ビザはオランダのレストランが更新してくれる。


なんか、もっともらしい話で、
バリ人なら誰でもが飛びつきたくなる上手い話だ、とも思います

日本円で50万円といえば、私たち日本人からすれば
そんな金額でチャンスをつかめるなら…という金額ですが
バリでは、月給1万円もらえばいいほうの生活水準ですから、えらい大金です

プトゥさんの両親も、
…そんな見知らぬ土地で5年間も…息子の身を案じて、行かないでほしいと頼みましたし

コマンの祖父母も
「身重のコマンを残して、しかも5年も帰って来れないなんて、それはひどい!」

廻りは猛反対したのにも関わらず、

彼は「オランダ」に飛び立って行ったのです
親戚中からお金をかき集め、大きな借金をして…


夕陽と鳥






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【2010/10/18 13:40】 | 未分類 | コメント(4)
【コマン】との出会いで、私は母になる…
前回【シンガラジャ】や【ロビナ】の見所を色々紹介しました

バンジャールテガ村の中腹にある仏教寺院(プラフマアルマヴィハラ)小さなお寺ですがきれいに整えられた庭、
そこから見下ろすように眺める【ロビナの海岸】は素晴らしい
そして、とても静かで私の好きな場所でもあります

budda.jpg
↑仏教寺院(Brahma Arma Vihara)の本堂にある仏像

思い起こせば
私にとって【ロビナ・ビーチ】には特別な思い入れがあったのですね

イルカ


ロビナはイルカの群れを毎朝見られることで有名な海岸ですが
空港から遠いため観光客は少なく


人々の生活は貧しく苦しいのです
ビーチには小さな子供たちが
貝殻で作ったネックレスなどを持ってわんさかやってきました

子供


普通なら学校へ行っている時間にも毎日やってきては
私たちの姿を見つけては必死で売り込みをするので

「学校は?」と聞くと


生活のためにお金を稼がなくては学校どころではないのだ
家には小さな妹や弟もいるし、
と話しながらも

人懐っこく、私たちの横に一緒に座り
ビーチの砂浜に指で字を書いたり、絵を描いたり、
「日本語教えて!」
「日本語勉強してガイドになるんだ。
そしてお父さんやお母さんを助けてあげたいんだ」


学校へ行けないけど、”学びたい!”という意欲がひしひしと伝わってきました

IMG_0101.jpg


そんな【ロビナ】の環境に強く心が揺さぶられ、
それが【コマン】との出会いにも繋がっていったような気がします


【コマン】の両親は、まだコマンが3歳だった頃に離婚しています

両親とも、また違う相手と再婚して
それぞれに子供もでき、貧しさもあるのでしょうが

【コマン】の面倒までは見られないということで
母方の祖父母がコマンを引き取る事になりました

祖父母はなかなかの人格者で、
貧しくとも【コマン】は礼儀正しく賢く育てられたと思います

貧しい国にはありがちな環境ですが、
やはり両親の離婚や、親から見放された小さな子供心は、
周りへの気遣いが繊細なんですね

【コマン】にしても
年老いて収入の少ない祖父母からお金を貰う事が出来ず、
学校と家の往復だけで、外へ遊びに出かけるようなことはなかったそうです

少ししか食事も取らず、始めてであった時、
”How do you do"
きれいな英語で挨拶し、
手を差し伸べてきた彼女の手が驚くほど細かった事が今も蘇ります


Komang1.jpg
バリ人というより、インド系のエキゾチックな、
見惚れるような美しい少女で、髪は真っ黒でお尻の下まで長く伸びていて、
透きとおる鈴のようなきれいな声で、微笑みながら話すコマンに

私は天使に出会ったような幸せな気分を味わいました


彼女の祖父母や叔父さんにも頼まれ、
成り行きで彼女の面倒見ることになりました

高校卒業を待って、ロビナへ迎えに行き、ウブドへ連れてきたのです

自分の家と学校の往復以外はどこにも出かけたことのない彼女が
ロビナからウブドまで車で3時間半の間
車酔いをするので何度も車を停めて辿り着いたウブドでした。

慣れるまで暫く私の宿で一緒に暮らしたコマンですが
見知らぬ土地や見知らぬ人たち、そして仕事に対する不安で

「おなかが痛い。。。」と訴えるコマンのおなかをさすってあげると
「お母さんみたいです」と泣き出したのを思い出します


彼女にとって小さい頃に離れた母親。
”恋しい恋しい”と思いながらも傍にいけなかった母親への思慕、
それは、そのまま私に向けられていると感じたのでした

その時私は、
”本当に、この子の人生に責任がもてるのだろうか”といわれぬ不安と
”きっと守ってやろう”

という強い愛情がわいたのですが…

それからもう14年

結婚式コマン
↑コマンの結婚式

ラグラグで働いて、結婚して子供をもうけ…彼女の人生は、どうなんだろう。。。

漁村





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【2010/10/11 13:52】 | 未分類 | コメント(6)
バリ北部【ロビナ・ビーチ】で出会った【コマン】
私が初めて【コマン】に会った時は、まだ14歳の少女でした


無題
↑初めて会った時に写した写真です…あどけないですね。


そこは、空港から車で4時間
バリ島の一番北にある街【シンガラジャ】の西側
リゾート地でもあるロビナ・ビーチという素朴な漁村で【コマン】と出会いました

ついでに「シンガラジャ」の紹介も

【シンガラジャ】は、オランダ統治時代まで首都であったため
その面影を残しています
歴史的建造物もたくさんあって

珍しい中華寺院(Ling Gwan Kiong)
きれいな仏教寺院(Brahma Arma Vihara)
ピンク色の壁の(Pura Beji…お米の神様)


img_attractions_6.jpg
↑みごとなレリーフが特徴的なベジ寺院
観光客は殆ど訪れないけど、見ごたえあるピンクのお寺は、
ずっしりと重みのある歴史を感じられますよ。

それから、シンガラジャから南に11Kmには、
バリで一番大きな滝(Air Terjun Gigit)…高さが35m以上もあります。
大迫力の水しぶきは暑さも吹っ飛ぶほど涼しいです
メイン道路から滝までだいたい1Kmほど歩きます

gitgit 1


まだあります、
仏教寺院のすぐ近くに
聖なる温泉(Banjar Tega Spring)もあります

04.jpg


温泉といっても、なまぬるく、ちょっと乳緑色をしていて
見た目にあまりきれいには見えないし、
プールの底はヌルヌルしていて、入るのにちょっと抵抗があるかもしれませんが、
皮膚病や美白効果があり、なんといっても聖なる水の温泉ですから
体を清める効果は抜群だとか。悪い考えを取り除いてくれるそうですよ


ついでに【ロビナ・ビーチ】もちょっと紹介



ロビナはイルカの群れを毎朝見られることで有名な海岸ですが
空港から遠いため滞在する観光客は少ないです
日本人率がものすごく少ないですので、
あまり日本人に会いたくないという人にはお奨め

小船


レストランも比較的南部より安いし、魚介類も新鮮で美味しいし、
一昔前のバリのビーチ・リゾートの雰囲気の残る
素朴でゆったりした感じが私は好きです


それに夕陽がきれいで、毎日夕方には黒砂のビーチに腰を下ろして
のんびり空を染めながら沈む夕陽を眺めました

夕陽のロビナ



以前はバリへ来るたびによく訪れ、ラグラグのみんなとも【イルカウォッチング】に

IMG_0007.jpg
ジュクンという小船で沖に出ていくと、まあ~こんなにどこから観光客が!
と思うほどすごい数のジュクンが、イルカの姿を
あっちこっちと追うのです。
イルカにすれば迷惑なんじゃないか、と心配なくらいですが、
心の広いイルカ君たちは飛んだり宙返りを披露してくれます

あまり北部まで足を伸ばしたことのない方、
一度訪れてみてくださいな

【シンガラジャ】街の中のの商店街も、市場も
あなたの知っているバリの匂いとちょっと違うバリを知る事ができますよ

ああ~私も長く訪れていないです~~行きたくなりました

【シンガラジャ】や【ロビナ】の話が長くなりましたので

【コマン】の話は次回になります

IMG_0003.jpg
↑以前よく泊まったお気に入りの「マス・ロビナ・リゾート」
今は名前も変わって「アグミ・ビーチ・リゾート」になっています







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【2010/10/03 12:44】 | 未分類 | コメント(0)
バリの空に星は満ちて


神々の島「バリ島」に魅せられて! 神様の事、レアック(おばけ)の事、バリには不思議がいっぱい! 温かい大自然と調和するバリの人達の自然な生き方。 輝く笑顔がある

プロフィール

ラグラグ★いつ子

Author:ラグラグ★いつ子

初めての海外旅行が衝撃の”インド”
地の底を見たような、カルチャーショックを受けつつインドに惹かれて通いました。
何故かそのまま自然に、インドからバリ島へと導かれるようにこの地を踏んでいました。

”ああ、ここは天国やわぁ!”

気が付いたら何かに背中を押されたように、バリの人達とツアー会社を始めて10数年。
いつの間にか、バリの奥へ奥へと入ったまま、もうここは紛れもない私の場所なのか・・・

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