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『お気持ち』…って、なんやろう!?
前回の「アルサナ師」のメディテーションに参加させて頂いた時も
最後にお供え物の代わりに「お気持ち」をおいてきました

バリでは心や精神的なことに対する代価は
お供え物と同様「お気持ちだけ」が本来の形です
いわゆる「お布施」ですね

私はこの「お気持ちだけ」といわれると
なかなか自然に対応できないのです

マンクゥ(お坊さん)へのお礼
お寺でお祈りをした時、
儀礼に参加させてもらった時など

ワヤンが仲介役として
「すみません。あの~~”お気持ち”お願いします」
お供え物を差し出し、その上に「お気持ち」を乗せて下さいと言います。
お供え物果物とか


「う~ん、”お気持ち”…それってだいたい”いくら”位?」

「…いくらでも… ”お気持ち”ですから」というワヤン


やっぱり日本人、なんとなく他と足並み揃えて安心したいんです

周りに合わせたほうがいいやんな…
恥かかへん方がいいしな…
バリの相場ちゅうのんがあるやろうしなあ…
と気になります

mizunomegami.jpg


よく観光客の訪れる寺院では
一番中央にある神体がまつられている本殿には
観光客用に記帳用のノートが置いてあるところがあります
その横には、お坊さんがにこやかな顔で座っています

横にいるお坊さんは、催促はしませんが、
ガイドなどがそれとなく
「もしよろしければ…」と自分の連れているお客さんに

控えめに
”お気持ち”をおねがいしま~す と促します

たいていの観光客は、
そう言われて、はじめて気が付きます
「あっ、はいはい…」と
記帳に先客が記入した金額をチラッと見て
財布から迷いながら紙幣を出します

記帳には
日付、国籍、名前、お布施の金額、そして最後にサインを
記入するようになっています


それで横にいるお坊さんもホッと安心したように
「ありがとう」と喜んでくれます
donestion.jpg
          ↑「DONATION」…「寄付」をお願いしますと書いてあります

随分昔ですが
タンパクシリンにある「ティルタ・エンプル寺院…聖なる泉の湧き出るお寺」
お坊さんから

「すんませんが、ここに「DONATION」を日本語で書いてもらいたいんやが…」

と、頼まれまして
頑張って大きな字で「お気持ち」と書きました

わたしのそのはりきった日本語は
木板の上に写し取られたようで、いつまでも記帳の横に掲げられていました

私はしばらく、「それ」を見るたび、
少しは、お寺の役に立っている私の日本語の…「お気持ち」が妙に誇らしかったです


バリでは、いまでも「物乞い」をする人達が結構います

ラグラグのオフィスにも子供の手を引いて
腕には小さな赤ちゃんを抱いた
母子がやってくることがあります

なんとも力のない目を向け
汚れた細い手を、何も言わずただ差し出し
施しを要求してきます

手の上に少しのお金を乗せてあげても
別にニコッともしないし、”ありがとう”も言わないし
手のひらのお金にチラッと目をやって、
そのまま踵を返して店を出て行きます

どっちかというと

”なんや、少ないな…これだけかい!”

と思っているんじゃないかと思うほど、愛想もクソもありません

こっちも、

”せっかくあげたのに…なんや、その態度は!”

少々”ムッ”としながらも傷つきます
物乞いイメージ


またお坊さんなどに渡した時は

”少なくなかったかな~~”と帰り道
まだ気にしている自分がいます

そもそも”お気持ち”ってなんや!?
と、悩まされるのですが

お気持ちは「布施」ですね

仏教では「布施行」という行があるというのですから
これは「行」なんです

「行」とはそもそも自分の魂を高めるためにするものですから
「施してあげた」というものではないのですね

相手から感謝されたり、喜びを表現されて
自己満足が満たされることを、期待するようでは
「布施」にはならないそうです

自分の魂が、その行いによって浄化され
幸せになるのですから、
こちらが「布施させて頂いて、ありがとうございました」
心で手を合わせてお礼を言うものだそうです


わかった!これからは
そういうお気持ちで、献上させていただきます

…といってもなかなか難しいものですね

仏像







いつも読んで頂いてありがとうございます!
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【2008/05/02 19:50】 | 未分類 | コメント(4)
<<街に息苦しくなったら…エコツアー | ホーム | 「アルサナ師」の手から”包み込む愛”が…>>
コメント
僕もまだまだ「修行」が足りません。 あちこちでハラ立てますから。

ジャカルタに仕事で滞在してた頃
毎日運転手君にホテルと会社の間を送り迎えしてもらってました。(儲かってるんじゃなくて街が危険なため) 途中の信号待ちでいろんな人間にでくわします。
新聞売りの少年、タバコ売りのオバチャン、カキリマ引いたオバチャン、椅子2個を天秤棒でかついだオッチャン、ビニル袋入りジュースを売る姉妹、赤ん坊を抱いたオバチャン乞食、ギターかかえたニーチャン、片足のないジーチャン、辞書を売るアンチャン。
運転手君はたいてい無視して彼らと眼をあわすこともありませんが、たま~~に小銭(紙幣を出すことはない)を渡してました。
金を渡したのは、信号のない交差点で交通整理してる近所のアンチャンと片腕が不自由なオッチャンでした。 アンチャンもオッチャンも淡々と受け取るだけで、運転手君も淡々と渡すだけです。渡す・渡さないの基準がどこにあるのか聞きそびれましたが、想像はつきます。

同じ理由から僕はウブドのモンキーフォレスト通りに赤ん坊をかかえて何年もいる物貰いは無視してます。
【2008/05/04 10:45】 URL | よし #-[ 編集]
★よしさん

 ジャカルタは、なんかインドみたいですね。

バリ人は布施が日常茶飯事に生活の中で使われてているようで、物乞いの人にも自然に渡してやっているように思います。でも子供がそれをすると「恥ずかしいでしょ…仕事しなさい!」と
たしなめています。

宗教的な見方だけではなく、
私達の日常の中で、人に「なにかしてあげる」
「何かの代価を支払う」そのような場面にで食わした時、つい「損得」や「気分が良いか、悪いか」
が基準になってしまいます
私は昔インドを旅したとき、いつもその事と向き合わされ続けました
【2008/05/04 12:54】 URL | ラグラグ #-[ 編集]
この3枚目の写真、傘とdonationの箱だけ
色がついてて不思議ですね。
加工したのですか?

どこでも定価がついてる日本に慣れると、
アジアのあってないような値段は
疲れますね。
まして、宗教上の観念はもっと難しいですね。
私もインドで「バクシーシ」に悩みました。
施しではない、喜捨という精神には、
日本にもあるのでしょうか。
あまり一般的ではないですよね??
【2008/05/06 00:28】 URL | しゃお #-[ 編集]
★しゃおさん

 コメントありがとうございます
3枚目の「donation」…ほんとですね!
そう言われれば…で全く気が付きませんでした
いえいえ加工はしてませんが、
バリでは時に写真も不思議な現象を起こしますね

「施し」も含め仏教的な「己を捨てる」など、
そんな境地に向かえたら、自分を救済できるのかな~
しゃおさんと、またバリで再会したいと強く思っています


【2008/05/06 18:59】 URL | ラグラグ #-[ 編集]
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バリの空に星は満ちて


神々の島「バリ島」に魅せられて! 神様の事、レアック(おばけ)の事、バリには不思議がいっぱい! 温かい大自然と調和するバリの人達の自然な生き方。 輝く笑顔がある

プロフィール

ラグラグ★いつ子

Author:ラグラグ★いつ子

初めての海外旅行が衝撃の”インド”
地の底を見たような、カルチャーショックを受けつつインドに惹かれて通いました。
何故かそのまま自然に、インドからバリ島へと導かれるようにこの地を踏んでいました。

”ああ、ここは天国やわぁ!”

気が付いたら何かに背中を押されたように、バリの人達とツアー会社を始めて10数年。
いつの間にか、バリの奥へ奥へと入ったまま、もうここは紛れもない私の場所なのか・・・

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